2017/01/09

成人の日の思い出 変わった子だった?私


今日は成人の日。
成人式が行われ、晴れ着の成人の皆さんが
式典参加のため会場に揃う。

成人の日の晴れやかな皆さんにおめでとう、という思いとともに、
保護者の皆さんへは一層、心から、「おめでとうございます」という
思いがします。

妊娠、出産、保育園や幼稚園、小学校、中学校、高校、大学や専門学校、就職、人生のハードルをくぐりぬけ、20歳に。

その間、病気やケガ、心身の様々なこともくぐりぬけ、
成人式を迎える。

このことは、「普通」のことのようで、
「なみなみならない幸せなこと」、だとつくづく思うのです。


成人の日がくると思い出すのが、わが「成人の日」のこと。
母が、「晴れ着」をプレゼントしてくれました。
実は、私は、「晴れ着はいらない、スーツでいい。高い晴れ着を買うお金
があったら、そのお金はもっと有効に使うから、その分をプレゼントしてくれない?」と言ったら、
母は「子どもの晴れ姿は、育てあげた自分、(=親)の喜びとしてのもの、
 だから、晴れ着を着て」、というのです。

そうか、納得。
では、「晴れ着」振袖を着ましょう、
と、和服を自分でも、「いいね」と気にいって着ました。

で、
行った先は「式典」ではなく、「鎌倉」でした。

あの「式典」で、わーっつと集まって、というのが、何故か、気持ちにすんなりこない。見たこともない来賓からの言葉もきっとすんなりこない。

晴れ着姿の集団の一人になって、じっと「お話し」聞いたりすること、
苦手だな、という感じがしていたのです。

それで、「鎌倉」へ。
母に言ったら、あまり気にしてなかったよう。
その時の写真は、今は手元にありませんが、
母の思いや自分自身のあの頃や、鎌倉の様子、「成人の日」になると
なんとなく思い出されます。

私って、変?

心から、保護者の方々と、ご本人にお祝いの言葉をかけたいと思います。
おめでとうございます。

「自由と独立ほど尊いものはない」

大好きな言葉を贈ります.
自分の人生の主役は自分。
どんな時でも、「自分への愛」を。